栗東トレーニングセンター
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それまで関西所属馬(俗に関西馬と呼ばれる)の調教は
主として京都・阪神・中京の各競馬場で行われていたが、調教トラックが少なく、
十分な調教ができなかったことや、平坦なコースばかりであった(関東の東京・中山には坂がある。
阪神の直線に坂が設けられたのは1991年である。)ことから、
長らく関西馬は劣勢で当時は「東高西低」と揶揄され続けていた。
この状況を打破すべく、中央競馬としては初めての本格的な調教専用トラックを開設し、
ここに各競馬場の厩舎群を集約移転させた。
現在はトラック4コースと坂路コースの5つからなり、
トラックのCコースと坂路コースには木片を敷き詰め、
競走馬の脚部負担を抑える効果があるとされる「ウッドチップコース」を採用している。
Dコースは内側半分は芝、
外側半分は全天候馬場素材であるニューポリトラックを採用したコースとなっている。
敷地面積やコース本数などの全体の規模だけ見れば後発の美浦トレーニングセンターに
わずかに見劣りするものの、これらの先進の調教設備を美浦に先んじて整備させ質的にも充実を図り、
特に1985年に坂路コースが設置されてからは、1988年以降は毎年関東馬の年間勝利数を上回り、
トウカイテイオーを管理した松元省一や、
ミホノブルボンを管理した戸山為夫などの試行錯誤の末に競走馬の鍛練のノウハウが確立されてからは、
関東圏の競馬シーンにおいても特別競走や重賞競走などで地元の関東馬を圧倒する状況が続いている。
現在は勝利数こそ若干差を詰められているものの、
獲得賞金額や優勝レースのタイトル数についてはいまだ完全に水を空けている状況である。
また、平成以降、一時は栗東トレセンの代名詞にもなった坂路コースをはじめとして、
栗東で取り入れられた各種施設や新機軸、他にも関西・関東間などの長距離の直前輸送など、
栗東の厩舎が考案したノウハウの成功を見て、
これを美浦の厩舎が追随するというパターンが幾度となく繰り返されている。
なお、栗東の隆盛については1987年にデビューした武豊騎手など、
関西圏を活動の中心とした活躍を続けている騎手が多い事も理由の一つであるとも言われている。